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広島高等裁判所松江支部 昭和28年(ネ)79号 判決

控訴人 原告 佐々木とめの

訴訟代理人 草光義質

被控訴人 被告 株式会社扶桑相互銀行

訴訟代理人 原文蔵

主文

原判決を取消す。

控訴人が被控訴人に対し、昭和二七年一一月一一日附被控訴銀行発行に係る第五回扶桑割増金附定期預金証書(発行名義人被控訴銀行倉吉支店長浜田懿雄、預金者名昭和興業有限会社専務池田広仲)により、金参拾万円の定期預金債権を有することを確認する。

被控訴人は控訴人に対し、金参拾万円及びこれに対する昭和二八年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方事実上の主張は、双方代理人がそれぞれ左記のとおり陳述した外、原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人の陳述

一、本件定期預金債権は、控訴人が訴外昭和興業有限会社に対して有せる貸金債権の担保として、同訴外会社からその譲渡を受けたものである。即ち、控訴人が同訴外会社に貸与した金額は二〇万円であつたが、控訴人は、訴外長谷川喜一郎から、同人が訴外杉根鹿蔵に対する金七万一六一七円の債権の強制執行として、昭和二七年九月二四日鳥取地方裁判所倉吉支部が発した債権差押及び転付命令(同裁判所同年(ル)第一号によつて取得せる、債務者たる杉根が右訴外会社に対して有していた金七万円の債権につき、これが取立のためその譲渡を受け、結局、右訴外会社に対して合計金二七万円の債権を有するに至つたのである。而して、控訴人と右訴外会社との間に、利息を元本に組入れて債権額を金三〇万円に改める旨の約束が成立し、よつて、これが担保として、控訴人が右訴外会社から本件定期預金債権の譲渡を受けたものである。

二、仮に、被控訴代理人主張のように、本件定期預金債権につき、被控訴銀行と預金者との間に譲渡禁止の特約があつたとしても、控訴人としては、その譲渡を受けた際、右特約の事実を知らなかつたのであるから、被控訴人は、右特約を以て善意の第三者たる控訴人に対抗することができない筈である。

被控訴代理人の陳述

一、控訴代理人主張に係る、訴外長谷川喜一郎が訴外杉根鹿蔵に対する債権の強制執行として、債権差押及び転付命令によつて取得したという債権は、右債権差押及び転付命令が送達された時には、既に、第三債務者たる訴外昭和興業有限会社の債務者たる杉根に対する弁済によつて消滅して仕舞つていたのである。従つて、控訴人が同訴外会社に対して有するに至つたという金三〇万円の債権に関し、被控訴人としては、右金額の点を争うものである。

二、本件定期預金債権につき、被控訴銀行と預金者との間に譲渡禁止の特約があつたことは、控訴人においてもこれを熟知していた筈であるから、仮に、控訴人がその主張のように本件定期預金債権の譲渡を受けたとしても、悪意の第三者たる控訴人は何等法律上の保護を受けるいわれがない。

証拠関係は、双方代理人がそれぞれ当審において左記のとおり証拠を提出、援用した外、原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、甲第四号証の一、二及び第五乃至第七号証を提出し、当審における証人長谷川喜一郎、佐々木長次郎、伊藤治寿、山田順の各証言を援用し、乙第八、九号証及び同第一〇号証の一乃至七の各成立につき、いずれも不知を以て答えた。

被控訴代理人は、乙第八、九号証及び第一〇号証の一乃至七を提出し、当審における証人池田広仲、浜田懿雄、楠城馨の各証言を援用し、甲第四号証の一、二及び同第五乃至第七号証の各成立を認めた。

理由

よつて按ずるに、昭和二七年一一月一一日、控訴人主張のように、訴外昭和興業有限会社が被控訴銀行倉吉支店に、金三〇万円を期間六箇月の定期預金として預け入れ、同支店が本件第五回扶桑割増金附定期預金証書を発行してこれを同訴外会社に交付したことは、当事者間に争がない。

成立に争がない甲第一及び同第五、六号証(甲第五号証は、乙第五号証と同一内容のものである)、原審及び当審における証人佐々木長次郎、伊藤治寿の各証言、当審における証人長谷川喜一郎の証言、右証人佐々木長次郎の証言により真正に成立したものと認め得る甲第二、三号証並びに当審における証人楠城馨の証言の一部を綜合すれば、訴外昭和興業有限会社は本件定期預金証書の発行より以前たる昭和二七年五月頃、被控訴銀行に、本件定期預金と同一の金額及び期間の定期預金をなし、被控訴銀行からその発行に係る第三回扶桑割増金附定期預金証書の交付を受けていたこと、同年一一月一一日、前叙のように、右訴外会社が、被控訴銀行倉吉支店から本件第五回扶桑割増金附定期預金証書の交付を受けたというのは、その際新たに現金三〇万円を預け入れたのではなく、実際はいわゆる預金証書の書換、即ち、右第三回の分の期間が満了したので、その支払を受けるべき金員を以て右第五回の分の預入に充てたものであること、右訴外会社専務取締役たる訴外池田広仲は、同年四、五月頃、会社の運営資金に充てるため、控訴人から金二〇万円を借受け、右第三回の分の定期預金債権を担保とすべく、その預金証書を控訴人に交付していたが、その後、前叙のように、右第三回の分と第五回の分とのいわゆる預金証書の書換がなされることとなつたので、池田は一応控訴人から右第三回の分の定期預金証書の返還を受けた上、前叙のように、被控訴銀行倉吉支店から本件第五回扶桑割増金附定期預金証書の交付を受けた後、同年一一月一五日、従前同様右第五回の分の定期預金債権を以て担保とすべく、更めてその預金証書を控訴人に交付したこと、而してその際、右池田と控訴人との間に、被担保債権の金額を、控訴人主張のような内容の金三〇万円と定める旨の約束が成立し、且、控訴人主張のとおり、右貸金債権の担保として、控訴人に右本件定期預金債権を譲渡したものであることを認めることができる。原審及び当審における証人池田広仲の証言中、叙上の認定に牴触する部分は、到底これを信用することができない。

ところで、被控訴人は、本件定期預金債権につき、被控訴銀行と預金者との間に譲渡禁止の特約があつた旨主張し、原審及び当審における証人浜田懿雄の証言中、恰も右主張に符合する部分があるけれども、容易にこれを信用することができない。尤も、成立に争がない乙第六号証の定期預金証書用紙の裏面約定欄の第七項に「この預金は当行の承諾がなければ他に譲渡又は質入することはできません」との記載があり、又、前顕甲第一号証の本件第五回扶桑割増金附定期預金証書の裏面約定欄の末項に「その他この証書に関しては一般の定期預金と同様のお取扱を致します」との記載があるけれども、本件定期預金が、事実上一般の定期預金とは全く種類を異にする特殊のものとして取扱われていたものであることは、右各預金証書の体裁及び記載内容を比較すれば自ら明らかであり、又、本件定期預金証書の交付を受ける際、その裏面約定欄の末項に、右のような記載があるからとて、格別の事情がない限り殊更一般の定期預金に関する取扱方法の調査をなさないのが普通であると考えるのが合理的であるといわなければならない。その他、被控訴人が提出、援用するすべての証拠によつても、譲渡禁止の特約があつたとの被控訴人の抗弁は、到底これを是認することができない。

次に昭和二七年一二月二九日、控訴人主張のように、昭和興業有限会社名義の債権譲渡通知書が被控訴銀行倉吉支店に到達したことは、当事者間に争がないところである。成立に争がない乙第四号証の債権譲渡通知書(乙第四号証は、甲第七号証と同一内容のものである)には、名義人として「昭和興業有限会社代表取締役池田広仲」と記載し、その名下に「専務取締役印」なる印影があるが、前顕証人池田広仲の証言によれば「右債権譲渡通知書は取締役の一員たる伊藤治寿が専務取締役専用の印章を冒用して作成した上、自分に無断でこれを発送したものである」というに在るけれども、かかる証言が到底信用するに足らないことは、次に掲げる各事実を通じて明らかである。即ち、前顕甲第三号証及び証人佐々木長次郎、伊藤治寿の各証言に徴すれば、池田も訴外伊藤治寿も訴外昭和興業有限会社の取締役であつたが、同訴外会社経営の実権は、池田がこれを掌握し、自ら代表取締役とも、或いは専務取締役とも称し、会社名義の取引に関しては、常に専務取締役印なる印章を使用していたこと、前叙のように、右訴外会社専務取締役たる池田が控訴人から運営資金を借受けた際及び貸金債務の担保として、控訴人に本件定期預金債権を譲渡した際、取締役たる伊藤も池田と同道で控訴人方に赴き、右訴外会社の専務取締役としての池田と控訴人との間に右貸借及び債権譲渡に関する契約が締結された都度、現場においてこれを目撃し、伊藤においても右契約の内容を熟知していたこと、その際、池田は翌昭和二八年一月一三日以後ならば、債権譲渡通知書を発送することに異議ない旨申向けたこと、ところが、右訴外会社は、経営不振の状態に陥り、昭和二七年一二月頃には、訴外倉吉製箸工業株式会社に、吸収合併の形式で買収されざるを得ない情勢となつたこと、而かも、その頃池田は、債権者からの追及を免れんがため、伊藤に対して、自己不在中の事務の処理を託し、且、前記専務取締役専用の印章を預けて置き、一時自らその所在を晦ましていたので、控訴人は、訴外昭和興業有限会社から譲渡を受けた本件定期預金債権につき不安を感ずるに至り、伊藤に対し、速かに債権譲渡通知書の発送方を懇請したこと、よつて、伊藤は、池田から預つていた専務取締役専用の印章を乙第四号証の債権譲渡通知書中右訴外会社の専務取締役たる池田広仲名下に押捺した上、池田が予め諒解していた昭和二八年一月一三日という期限よりも早く、昭和二七年一二月末頃これを発送せしめたことを認めることができるものである。本来、指名債権譲渡の対抗要件としての通知は、譲渡の事実そのものに関するいわゆる観念通知であることから考えても、池田が予め諒解していた期限よりも早くこれを発送せしめたからとて、この一事のみを捉えて通知の効力を否定することはできないし、一面、伊藤本人としても取締役として自らかかる通知をなす権限を有する訳であるから、本件において、乙第四号証の債権譲渡通知書によつてなされた通知は、その資格、内容いずれの点からみても、民法第四六七条所定の要件を具備したものということができ、右通知を以て、これが無効であると断ずべき資料は全くない。

さて、被控訴人は、被控訴銀行は昭和二七年七月五日、右訴外昭和興業有限会社に対し金六五万円を貸与したので、同訴外会社は、本件定期預金証書発行の日たる同年一一月一一日、右貸金債務の担保として、被控訴銀行のために、本件定期預金債権の上に質権を設定した旨主張し、前顕証人浜田懿雄、池田広仲の各証言中恰も右主張に符合する部分があり、又、右各証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第一号証の担保差入証にも、右同様の記載があるけれども、被控訴銀行において本件定期預金証書を占有していない点、右乙第一号証の担保差入証に確定日附の記載がない点、成立に争がない甲第四号証の一、二その他諸般の証拠を通じ被控訴銀行の右訴外会社に対する債権の担保として、かねてから右訴外会社の資産たる不動産の上に根抵当権が設定してあつたことが認められる点、前顕証人浜田懿雄の証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第七号証の通知書中に「右債権は契約当時御承認のとおり当行の承認を得ざればこれを譲渡することのできない債権であり云々」とて、譲渡禁止の特約があることを主張する趣旨の記載があるのみであつて、質権設定の事実に関する記載がない点等諸般の事実を念頭において考察するとき、証人浜田懿雄、池田広仲の各証言中前記部分及び乙第一号証の記載内容は、いずれも容易にこれを信用することができない。その他、右質権設定に関する被控訴人の抗弁は、これを首肯せしめるに足る証拠がない。

仮に、被控訴人主張のように、本件定期預金債権の上に質権が設定された事実があつたとしても、前顕甲第四号証の一、二、証人伊藤治寿の証言及び証人浜田懿雄の証言の一部に徴し、訴外昭和興業有限会社は、経営不振の状態に陥つたため、結局、昭和二八年一月頃訴外倉吉製箸工業株式会社に、吸収合併の形式で買収されることとなつたこと、被控訴銀行の訴外昭和興業有限会社に対する債権に関しては、従前同訴外会社の資産たる不動産の上に金六〇万円を極度額とする根抵当権が設定してあつたが、右買収に当り、買収の条件を有利にせんがため、更めて極度額金六五万円とする根抵当権を設定したこと、同訴外会社の資産たる不動産は、昭和二七年一二月二六日附売渡証書によつて訴外倉吉製箸工業株式会社に売渡されてその所有に帰し、昭和二八年一月一〇日附を以て該登記手続がなされたこと、訴外昭和興業有限会社が被控訴銀行に対して負担していた債務は、訴外倉吉信用金庫においてこれを引受けた上、これが弁済をなしたこと、よつて、被控訴銀行のために設定されていた前記根抵当権については、同年一月一四日附解除証書に基き、同年二月二四日附を以てこれが抹消登記手続がなされ、ここにおいて、訴外昭和興業有限会社と被控訴銀行との間の債権債務関係は一切消滅して仕舞つたことが認められ、被控訴人主張に係る本件定期預金債権の上の質権は、被担保債権の消滅によつて消滅するに至つたものといわなければならない。

前顕証人浜田懿雄、池田広仲の各証言中、叙上の認定に牴触する部分は、これを信用することができない。その他、被控訴人が提出、援用するすべての証拠によつても、被控訴銀行が優先弁済を受けたことにより本件定期預金債権は既に消滅して仕舞つたものであるとの被控訴人の抗弁は、これを是認することができない。又仮に、被控訴人主張のように、被控訴銀行が本件定期預金債権の上に質権を取得したとしても、抑も、本件のように、質権者に対する指名債権の上に質権を設定した場合、民法第三六四条を適用する余地がないことは当然であるが、質権設定契約書を作成したときは、これに確定日附を附しない限り、その質権を以て第三者に対抗することができないものと解するのが相当である。然るに、本件においては控訴人が本件定期預金債権の譲渡を受けた際、前叙のように、民法第四六七条所定の要件を具備した通知がなされたのに反し、被控訴人主張に係る質権設定のための契約書と同一視すべき前顕乙第一号証の担保差入証には確定日附が附されていないのであるから、被控訴銀行としては、右質権を以て控訴人に対抗することができないものといわなければならない。結局、被控訴人の抗弁は、いずれもこれを採用するに由ないものというべく、その提出、援用に係るすべての証拠によつても、到底叙上の判断を覆すことはできない。

然らば、控訴人が被控訴人に対し、本件定期預金債権を有することは極めて明らかであるから、控訴人の本訴請求中右確認を求める部分は正当である。又、本件定期預金債権の支払期日が昭和二八年五月一一日となつていることは、当事者間に争がないのであるから、控訴人が被控訴人に対し、右債権額及びこれに対する支払期日の翌日から完済に至るまでの法定遅延損害金の支払を求める部分も亦正当であるといわなければならない。即ち、控訴人の本訴請求はすべて正当のものとしてこれを認容すべきであるのに拘らず、原審においては事ここに出でず、控訴人の請求を排斥したのは不当であるから、原判決は取消を免れない。本件控訴は理由がある。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田健治 裁判官 組原政男 裁判官 竹島義郎)

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